世界を巻き込むCovid-19(コロナウイルス) 。

今、私たちに何ができますか?私達は届けたい。

トドケル。京都 祇園祭

長刀鉾の粽-ちまき-

大船鉾の粽-ちまき-

三大祭の一つとして知られる京都祇園祭。863年におこった疫病の流行を受け無病息災を祈念したことがその起源とされています。2020年の祇園祭ではコロナウイルス感染拡大を受け祭りのハイライトである「山鉾巡行」が中止となりました。祇園祭で山鉾(山車)を所有する各町が販売している粽-ちまき-は流行病のお守りまた縁起物として京都の人々に長年にわたり親しまれています。トドケル。京都 祇園祭ではコロナウイルスの収束と日本全国の皆様の安全と健康を祈願し祇園祭の”粽-ちまき-“を届けます。売上は各町の山鉾の運営保存に役立てられます。

【必ずお読みください】

トドケル。京都 祇園祭 粽-ちまき-の梱包/配送などの配送業務は福祉事業所(障害のある方々の職場です。)へお仕事として委託させて頂く試みとして各鉾町の許諾を得て販売をしております。また、昨年、粽-ちまき-の大規模な転売が問題化しこの度の販売も各鉾町との取り決めにより転売目的のご購入は厳禁となっております。ご理解い頂けます様に宜しくお願い申し上げます。

 

【トドケル。プロジェクトとは?】

トドケル。プロジェクトは多機能マーケットプレイス型ECシステムを利用して災害や社会問題支援を行うプロジェクトです。支援が必要な方々、支援に協力頂ける方々がそれぞれの役割を持って参加できるプラットフォームです。

【トドケル。京都 祇園祭とは?】

コロナウイルス感染拡大により中止となった祇園祭巡航山鉾への支援

このプロジェクトはコロナウイルス感染拡大による祇園祭のハイライト山鉾巡航中止を受け、中京・下京の各町に伝わる山鉾(山車)の維持/運営費用として毎年販売収益が当てられている疫病のお守り【粽-ちまき-】の販売を各町より受託し、その収益を各町に還元するプロジェクトです。また、関連するグッズなどもなども合わせて販売支援致します。本プロジェクトは京都在住の着物文化研究家/京都きものファッション協会 会長 三宅てる乃氏によって提案され、トドケル。プロジェクトによってサポートされています。

【販売/発送について】

祇園祭の疫病のお守り粽-ちまき-は8月末日までの販売受付とさせて頂きます。商品は順次発送となります。一部商品は通常の2-3日営業日の発送となります。

トドケル。がお手伝いする山鉾

長刀鉾-なぎなたぼこ-

下京区四条通東洞院西入ル

祇園祭前祭り23基の山鉾で最も古く創建され、毎年先頭を飾る鉾です。鉾先には疫病邪悪を払う大長刀をつけているおり、また実際にお稚児さんが乗る唯一の鉾でもあります。

大船鉾 -おおふなぼこ-

下京区新町通四条下ル

 

最も古い鉾のひとつであり、今より約600年程前にあたる嘉吉元年(1441年)の建立とされています。その後度々起こった大火によって焼失と復興を繰り返し、平成24年(2012年)には明治3年(1870年)以来142年ぶりに唐櫃による巡行復帰を果たしました。

祇園祭Photo by 三宅徹

プロジェクトリーダー

京都きものファッション協会 会長
和装文化研究家

三宅てる乃

“「疫病収束・無病息災」の祈りを込めて一つ一つ手造りで作られた「厄除けちまき」を多くの人にお届けしたい。”

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ご挨拶

京都に生まれ育ち、国内外に永年きもの文化を伝えてまいりました。

昭和58年から京都四条烏丸の「函谷鉾」ビルに20年間祇園祭のお囃子を聞きながら、きもの着付けや日本舞踊のお教室を開いてきました。その後平成15年から令和の現在まで、新町四条上る「放下鉾」の前で17年間。「京きもの粋」は「北観音山」と永年祇園祭と共に歩んで参りました。選んで鉾町に居を構えたわけではないのですが、神様に守られていると感謝をして参りました。その上、衆議院議員伊吹文明先生・長刀鉾・函谷鉾・北観音山のお供60名近い方々の裃着付けを永年受け賜って参りました。新型コロナウイルスの為に今年の「祇園祭巡行」が中止になったことは大変寂しく悲しい出来事です。

何かお役にたてることはないだろうか?

粽や手ぬぐい等を例年通りの販売が出来ない、それならお祭りに来られない方々にお届けできればと考えました。そして今年は駄目でも来年はたくさんの方々に浴衣姿でお祭りにお越し頂きたいと思っています。「疫病収束・無病息災」の祈りを込めて一つ一つ手造りで作られた「厄除けちまき」を多くの人にお届けしたい。それには多くの皆様のお力をお借りして拡散しお伝えしたいと節に願っています。

どうぞ宜しくお願い致します。

三宅てる乃

プロフィール

京都都生まれ。

京都を拠点に50数年にわたり着物に携わる。
70年代より女優やタレントの着付けやスタイリストを担当。スタイリストとしてTVメディアで活躍することとなった第一人者でもある。1980年代からは外務省の要請による文化交流も含め、着物外交と称し40カ国以上の国々で着物を用いた日本文化のプレゼンテーションを行う。1998年には外務大臣表彰を授与され、その功績が評価される。和装文化にとどまらず伝統的な日本文化や京文化に精通していることから現在は、大学・業界・各界における講演や社員教育を務めながら、和装のプロ、着付けスタイリストの後進育成に尽力する。

公式サイト
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祇園祭を知ろう

和装文化研究家 三宅てる乃が解説するはじめての祇園祭。祇園祭について学びましょう!

祇園祭とは

日本の三大祭りの一つ「祇園祭」とはただの祭りではありません。その昔、天変地異や疫病が人々の平和な暮らしを突然に襲いました。正しく今の、「新型コロナウイルス」のようなものです。

昔は戦争に敗れた人達の御霊(ごりょう)の所行だと考えられていたようです。御霊鎮めの祭りごとを「祇園御霊会」とされ、今の祇園祭の起源とされています。貞観11年(平安時代前期)には、京の都に疫病が蔓延した、又東北地方では「地が裂け海がうねり、稲穂が一本も残らない大地震大津波が起こりました。このような大惨事を帝のお庭であった〈神泉苑〉に当時の国の数六十六本の矛をたて大がかりな「御霊会」が行われ祈りを捧げた。この神事を受け継いだのが、今日の「祇園祭」だと言われています。お祭りの根源である、八坂神社の素戔鳴尊(スサノオノミコト)やお祭神方が、先ず四条寺町の御旅所へそして氏子の住む町々へお出ましになる神輿渡御。神様が御渡りになる神輿は「ホイット・ホイット」との掛け声で「おいで」「おかえり」と神事で礼を尽くして神様へのおもてなしを盛大に行われてきました。又「山鉾」では祭礼での華やかなお囃子や踊り、飾りもので巡行したそうです。ところが、応仁の乱(1467~77)で京の町もろとも多くの鉾が焼き尽くされました。住む人さえ居なくなった大乱後の京の町に明応9年(1500年)に山鉾の姿が見え始め山鉾の復興を成し遂げ500余年の年を越え今に受け継がれてきました。山鉾の復興とともに京の町も賑わい商いを始める町衆の心意気が支えています。

長い歴史の祇園祭「山鉾巡行中止」は断腸の思いで苦渋の決断であります。

長刀鉾の粽-ちまき-

 

祇園祭の粽(ちまき)〉

毎年祇園祭が近づくと鉾町では「厄除けちまきはどうどすか?」可愛い子供達のちまき売りの声が聞こえると一段と祭りの風情が上がります。今年はその声も聞けなくなりました。

そもそも祇園祭の粽(ちまき)についてお話しましょう。

観光客の方や、インバウンドの方は食べられる「粽」と間違える方が多いです。この粽は食べられません。ヤマタノオロチ神話で知られる素戔鳴尊(スサノオノミコト)と同一視された牛頭天皇(ゴズテンノウ)が旅の途中宿を求めると貧しい生活なのに、快くもてなし善行を施した蘇民将来(そみんしょうらい)と言う男に「世に疫病流行れば、蘇民将来の子孫と言って茅の輪を腰につけておれば免れる」茅の束を束ねて巻いたもので「茅を巻く」ということから「ちまき」と呼ばれるようになりました。京都では「ちまき」に各鉾の名前と「蘇民将来の子孫」とかいた護符がつけられています。玄関先に祀っておいて厄払いをするものです。

今年はお宅までお届けしますから、「コロナウイルスや、インフレエンザ」などから

身をお守りくださいませ。

【長刀鉾】

祇園祭前祭り23基の山鉾で最も古く創建され、毎年先頭を飾る鉾です。鉾先には疫病邪悪を払う大長刀をつけている「長刀鉾」と呼ばれ唯一人形ではなく、本物のお稚児さんが鉾に乗られます。八坂神社の本殿でお祓いを受け「お位もらい」をされ、神の使いとしてすごされ、地に足を付けないで、強力(男性の肩に担がれ移動される)家来役の禿(かむろ)二人を従えて鉾に乗ります。巡行の際は、通りに張られた注連縄(しめなわ)を刀で切り結界を解く役目を担い祭りの始まりを告げます。

 

【大船鉾】

名の通り、船の形をした鉾の上に、神功皇后を始めとした御神体と囃子方が乗って巡行します。創建は諸説ありますが、一説には嘉永元年(1441)とされ、応仁の乱以前に遡る歴史の古い鉾です。神功皇后が三韓征伐を終えて帰る姿を表しており、別名「凱旋の船鉾」。還幸祭に備えて、後祭の山鉾巡行の掉尾を飾る、たいへん大事な役割を務める鉾です。惜しくも、幕末の禁門の変で多くの部分を消失、150年の間、休み鉾となっていましたが、お囃子の復興を手始めに、約17年間の取り組みを経て、平成26(2014)に巡行への復帰を成し遂げました。

祇園祭からトドケル。

長刀鉾の粽-ちまき-

長刀鉾の粽(ちまき)

長刀鉾のちまきは、例年大変人気があり遠方からも、このちまきを購入しに来られ長い行列ができ昨年は早くに売り切れました。本年このサイトでお求めになられる方は実は大変ラッキーな方とも言えるのです。

大船鉾の粽-ちまき-

大船鉾の粽

粽と言っても食べるものではなく、家の戸口に飾って厄除けにする、お守りのようなものです。

後祭の花形とも言える大船鉾ですから、粽も人気を集めます。売り切れてしまうこともあります。

粽に記された「蘇民将来子孫也」は、八坂社の祭神 素盞嗚尊のご加護を得るための言葉です。

大船鉾の手拭いは注染(ちゅうせん)という伝統的な手拭いの染色技法によって染められています。染料は布の下側に抜けるため、布の芯まで染まり、裏表なく柄が鮮やかで色褪せしにくいことが特徴です。

大船鉾の手拭い

大船鉾の手拭い

大船鉾の手拭い

大船鉾の御扇子(表)

大船鉾の御扇子(裏)

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